赤を選ぶ

 「どれにしようか、たっちゃんは赤が好きだよね」と言ったら、これ!と真っ赤な靴を選んだ。たっちゃん2歳、男児で赤が好き。でも、冒頭のお母さんの発言は、誘導だったかもしれない。その一言を言わずに、もう少し待ってみればよかった。たっちゃんがどうするのか。

 赤ちゃんは、赤を好むというか、見分けやすいのかもしれない。赤ちゃんでも字を読めるようになります、という教えを知っているけど、赤いペンで大きく名詞を書いて見せるようにと指示していた。大人向けにも、注意を引きたい部分は赤字にする習慣があるし、赤は人間の視覚に訴えるものなのだろう。それは、網膜の仕組みで?視神経の性質で?それとも大脳皮質視覚野の特徴なの?あるいは、後天的に習得した文化なの?

 学生の頃、確か「Seeing Red」という洋書を読んだことがある。人間がどうやって赤を「視る」のか、生理学的に、そして哲学的に解説した本だったと記憶している。とても感銘を受けた。世界の見方が変わった。もちろん、赤を見ることに限らずに。人間という存在が物質的であること、そして自分が見ている赤と他人が見ている赤がいっしょかは分からないという現象から、人間存在や社会の成り立ちにも思いを巡らせたものだ。でも、本を探して検索しても、Seeing redというフレーズが思いがけない意味を持っていることを知らされるばかりで、記憶の中に光る本にはもう出合えなかった。

 今はアカデミックな環境とは繋がりが切れて、本を読むこともあまりなく、ただ毎日、小さな生き物の世話をしている。無邪気な笑顔に癒されている。そして、今まで実感できなかったことを体験し、本を読む生活をしていた頃よりも、視界が広がっている。人生、それぞれの時期で、やることは違っていいんだなあと思う。