1歳を過ぎても言葉が出なかった、たっちゃん。2歳を過ぎて、ある日突然、「ワンワン」と綺麗に言った。絵本を読んであげていて、犬を指して、言った。
初めてしゃべったことよりも、発音の綺麗さに驚いた。それまでも、指さして「あーうー」と声を出したり、バアバだけは何となくそれらしく発音したりはしていた(だから初語としてはバアバでもいい気がする、「ワンワン」じゃあまりに誰も得じゃないから)。「あうあうあう」とよくわからないおしゃべりというか音を発して楽しそうにしていたりもした。でも、突然、綺麗にしゃべった。
赤ちゃんがしゃべるようになるには、もっと試行錯誤の発音練習をするものだと思っていた。その私の発想がどこから来たかと言うと、たぶん、岡ノ谷一夫先生(生物言語学)の、人間の言語のもとは鳥のさえずりだという説だ。ジュウシマツのヒナは、親鳥の成熟した歌を聴いて、自分の歌の手本とする。次に、実際にでたらめな歌を歌ってみて、モデルとの誤差を修正する。その説が、仮説ではなくて真理として、しかも人間にも当てはまると、いつからか思い込んでいた。
たっちゃんは鳥ではなかった。ということではなくて。人間の言語の発達について、思いを巡らした事件だった。たっちゃん2歳過ぎて突然綺麗に「ワンワン」と言った事件。そして数日の間に、「バナナ」「おっぱい」「これ」「あっち、こっち」など一気にしゃべるようになった。発語の爆発。ブローカ野の通電。お母さん、と呼んでくれる日も近いだろうか。