スペシャルニーズの日々

この世界を楽しく生きていくために。

2歳児と過ごす休日に、自分の幸せを考える。

 一日中、子どもといっしょにいる日が続けば、相当疲れるだろうと思った。実際、毎週月曜日の朝、職場に着くとすっかり疲れている。日曜日が一番体力を使う日だ。2歳のニャタと踊り、ボールを転がし、お散歩に行く。散歩に行く前には、ニャタを捕まえてオムツを替え、なぜか嫌がる上着を着せ、なぜか「自分で履きますから」と譲らない靴下を(見守るふりして)履かせ、水を飲ませ、そうこうするうちにもう一度オムツを替えるはめになる。何より、ニャタはまだ食事が全介助。そして、構音できない割に、文法もない割に、伝わってると思ってしゃべるたくさんの言葉に、耳を澄ませながらこちらの思考をフル回転させなければいけない。

 そんな冬休みの1週間が終わって、思ったより疲れなかった。年末年始が休めない仕事だから、こんな時期に冬休み。やっぱり、育児家事と、稼ぎ仕事の両方はきついなと思った。いつも育児で疲れるのは、仕事もしていて余力がないからではないか?

 ふと鏡を久しぶりに見たら、そこにおばさんがいた。年齢より随分下に見られるのが悩みだった、20代までは。ボサボサの髪と、カサカサの肌。これが答えではない。顔を洗って保湿し、髪を梳かす。これだけを冬休みの間に何日か続けたら、最底辺から一歩抜け出した気がした。

 どうして彼は、育児家事仕事をするのが大変過ぎてほとんど無理なのを分かってくれなかったんだろう。特に、隣でゲームやら昼寝やらされていたら、メンタルがもたない。どうしていまだに理解しようとせず、近づいてくるくせに、説明を求めれば攻撃的な言い訳ばかりなんだろう。人と分かり合おうなんて、無謀なんだろうか。仮初めの馴れ合いに目をつぶらなければいけないんだろうか。

 ニャタとずっと一緒にいたい。専業主婦ってどんなかな、と生まれて初めて思う。でも、自分の幸せではなくて、ニャタの幸せを考えなきゃいけない。お母さんがまず幸せにならないと、なんてまやかしだ。ニャタだけ幸せになればいいんだし、そうできるんだし、それで私は幸せだ。