実録東京生活

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障害児はかわいそう?

 「かわいそう」と言われることが、嫌な人がいる。「障害があるなんて、かわいそうな子どもだね」と言われるのは嫌な母親の方が、多いのかもしれない。

 「かわいそうなんかじゃない」というのが、その理由のようだ。歩けなくたって、しゃべれなくたって、IQが低くたって、かわいそうじゃない。かわいくて、優しくて、こんなにいい子なんだ。あるいは、障害児は天使なんかじゃない。他の子と同じで、わがままも言うし、頑固だったりもする。同じ子どもなんだから、この子だけがかわいそうなんかじゃないんだ、と。

 うちのニャタはどうなんだろう。心臓に穴が開いているから、いつか手術をしなきゃいけないし、手術や検査でいろんな我慢や痛い思いや慣れない環境での不安を経験しなきゃいけないし、手術の前に病気が悪くなるかもしれないとか手術で合併症がおこるかもしれないとか、心配はつきない。知的障害があると、職業も限られるというか何かしらの仕事ができるかもわからないし、結婚もできないだろうし子どもはもてないし、やっぱりかわいそうなんじゃないかな。ある意味で。でも、お母さんの大事なニャタであることに変わりはないんだし、ニャタにはニャタの喜びがあり、生きがいがあるのだから、ニャタの存在を全否定するつもりは全然ないんだ、「かわいそう認定」したって。

 むしろ、かわいそう認定することで、障害児枠での学校への入学とか、福祉就労の機会の充実とか、そういう配慮が欲しいと思う。かわいそうって、言って。とまで言っていいのかわからないけど…。