スペシャルニーズの日々

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「はてなブックマーク」存続の危機によせて

 何もかも嫌になるような日、死さえ浮かぶ日にも、はてなブックマークを眺めてきた。そうすると、いつの間にか、また明日からやっていこうという気になれる。くだらないけど面白すぎる文章や、世の中の重大事だけど肌身で感じない出来事や、そんなのがいくつも頭を通り過ぎていくうちに、自分を巡る世界が相対化され、まだまだチャンスがあるような気になった。

 

、「はてなブックマーク」は、ネットの「集合知」のひとつの形だったのです。

「はてなブックマーク」廃止論 - いつか電池がきれるまで

集合知という言葉に触発されて思う。一人では乗り越えられないような日常の中で、たくさんの人たちの文章に接することで、社会的生き物である人間はエンパワーメントされるのかな。

 

「はてなブックマーク」って、TwitterやFacebookでそれぞれの人が自分のアカウントで「面白いもの」を拡散できる時代に、本当に必要なのだろうか?

「はてなブックマーク」廃止論 - いつか電池がきれるまで

そう、個々のアカウントによる拡散ではなくて、集合知であることに意味があるのだと思う。

 だけど、今回のhagexさんの事件を受けて、このままの「はてブ」が存在し続けて良いのだろうか、とは多数が感じるところだと思う。 

僕はこれまで生きてきて痛感しているのは、人の心を変えるのは、とても難しい、ということなんですよ。ネットリンチとか、もうやめましょうよ、といくら言っても、「いや、別にみんなで相談しているわけじゃないし、何を書くのも自由だろう。噓や脅迫でもないし」という答えが返ってきます。 ならば、そういう「本人たちも望んでいないのに、ひとりの人間を大勢が過剰に責め立てるような結果を生み出す元凶である、『はてなブックマーク』そのものを廃止する」という、「システム面での対応」を検討してみても良いのではなかろうか。

「はてなブックマーク」廃止論 - いつか電池がきれるまで

  結局、誰が何をどう論じようとも、そこに死者が発生したシステムは、はじまりは違ったのだとしても現状では間違ってしまっているのだと思う。後は、「はてブ」と事件の因果関係なのだけど。でも社会科学で因果関係の真偽を証明するなんて無理に近いから、関連がある上に前後関係とかいくつかの前提を満たしている時点でもう決まりなのだと思う。

 個人的には、アカウント作成が簡単なのはネットの良さだから、残してほしいと思う。もう、サービスが存続することは前提で。それよりも、言葉の暴力が水準を超えた時に、それに対して深く追求できるようになって欲しい。それは、当該者にとっても救いの道を拓くことだと思う。