ぺっちゃぶー

この世界を楽しく生きていくために。

子どもが見た夢を語る

 昼寝の部屋から気配を感じて見に行くと、ニャタが布団の端に座っていた。まだ視点もあっていない感じで。「起きたのね、お昼寝してたねー」と声をかけたら、こっちを見て、ボールを投げる動作をする。午前中に遊んでいた、新聞紙で作ったボールが少し離れたところに落ちていたので「これ?」と示すが、ニャタは首を振る。おもちゃ箱から一番お気に入りの、ドキンちゃんのボールを出して「これ?」と聞くが、やはり違うようで、もう一度ボールを投げる動作をする。でも、なんとなく確信のないような雰囲気で。

 「もしかして、夢を見ていたんじゃないの?」と聞けば、うなずく。「夢の中のボールだったね」と言えば、うなずく。どんな素敵なボールだったんだろう、虹色かな? でも、ニャタって夢を見るということがどういうことか、知っているんだっけ? しかし大人しくうなずくからには、なんとなく分かるのかしら。子どもを産み育てる中で、ノーム・チョムスキーとスティーブン・ピンカー万歳と思うようになった。

 これは私がはじめて、ニャタの夢を確認した出来事だ。これまでも、寝ながらしゃべったり踊ったり、起きた時に機嫌が良かったり悪かったり、ニャタも夢を見ているんだろうなと思うことはあった。実際たぶん、脳波でもとれば、そういう睡眠をしていたんだと思う。でも、ニャタが夢に気づくのは、いつだったんだろう。夢を見るのが先で、自我が形成されるのが後なのかな。それとも、言語機能が発達して人に伝えられるようになってから、再帰的に自分が夢を見ていることに気づくのかしら。

 親としては、ニャタが良い夢を見ていたらいいなと思う。良い夢って楽しいよね。

よるくま

(ここ数日の寝かしつけは、「よるくま」を1回読んだら寝室の電気を消して、ランプと隣の部屋からの明かりの薄暗がりであと2回読んだら、私が寝たふりをして、そうするとニャタが私に寄って来るので寝かしつけるという流れ)