よく歌い、よく笑う。

2015年10月に生まれた突然変異体ニャタは育っています

水風船を拾うニャタを眺めながら

 夏に100均で買った水風船が、まだ無くならない。数個作っては、時々割れて、補充もしたりしなかったりなので。でも、ニャタのお風呂の良い供になっている。

 とうとうニャタは、残りの水風船が入っている袋に、お湯を入れてしまった。水風船が袋から流れ出てきて、水面に赤、青、黄色、緑の小さなゴム片がたゆたって、なかなか綺麗だった。ニャタはそれを、一つずつ拾って片づけた。手伝おうか、と声をかけてもそれを許してもらえなかった。ニャタがのぼせないか気を付けながら、自分が先にのぼせながら(ニャタは立って半身を出していたけど、私は座って肩まで浸かっていたので)、いったい水風船は何十個残っているんだろうと絶望的な気分だった。

 子どもの力を最大限に伸ばしてあげるのが善とされていて、その絶対値や相対順位は関係なくても、それが唯一神みたいに言われているような気がしてしまうのだけれど、本当にそうなのかなと疑問に思う。本当はもっと色々と出来る人に育ったのだけれど、適当したから出来ないこといっぱいあるね、のどこがいけないんだろう。その時々を快適に楽しむことを良しとして、それは刹那的なのではなく、日々の積み重なりが人生なのだから。高みを目指すのはもう疲れたよパトラッシュ。職人芸を極めても、テクノロジーがそれを不要にひっくり返したりもするんだからさ。

 ニャタは洋服の脱ぎ着が上手くなった。今日なんかボタンを一つ外せたけど、初めてな気がする。親が特に望まなくても子はスキルアップする、だいたい子育てなんて思うようにいかないんだ。