「ブーブーちて、おしまいちて、(開けた口を指す=マンマ)ちて、おしまいちて、(シャワーを浴びる真似=お風呂サイン)ちて、(両手を合わせて頬に付ける=寝んねサイン)ちて。」
こんな風に、長い文章を話すようになった。過去にも未来にも言及するようになった。上記の発言はご飯中のもので、トミカで遊ぶ「ブーブー」は過去の期多くだし、お風呂や寝んねは未来の予定。
最近、理由を話すようになった。たとえそれが事実と異なっても、ストーリーを語る能力が身に付いたのかなと思う。理由というものが必要なときがある、ということにも気づいたんだな。例えば、ヌイグルミのニャアニャが棚から床に転げ落ちているときに、私が大袈裟に「まあ、ニャアニャが落ちてる!」と言うと、ニャタはニャアニャのしっぽを引っ張る真似をする。まるで自分がそうやって落としたかのように。本当は、重心の不安定なニャアニャが勝手に落ちてきたのだし、その時ニャタは別のことをしていたのだけどね。
発音できる単語が増えてきたせいか、ハンドサインが消えてきた。ニャタのサインはオリジナルで、とてもよく伝わってくる秀逸なものだと思ってきたから、寂しくもある。
もしかしたら、ハンドサインが消えつつあるのと関係が深いのは、発音の向上ではなくて、抽象語が出現してきたことかもしれない。どちらが先なのか、因果関係はわからないけれど。散歩中、植え込みに突入し、「わざわざ」と言う。わざわざこんなところ歩いちゃったよ、 ということだ。
可愛らしい小さな生き物が、凄まじく進化を遂げている。