スペシャルニーズの日々

この世界を楽しく生きていくために。

玉ねぎではないと思う。

子供が出すサイン

  隣のお母さんが、ニャタが繰り出すサインを気にかけてくれる。「ニャタくん、何て言ってるのかな?」と、当然お母さんは分かるよねと私に聞いてくれる。

 でも、実は分からない。

「玉ねぎ…ではないと思うんだけど。」

カレーライスを作る歌の、「玉ねぎ♪」の振付のような、両手で丸を作るようなポーズをしているニャタ。でも今のシチュエーションは、お隣さんにご招待頂いて、同じ2歳のお子さんと、プラレールで遊んでいるところ…。だいたい、この両手丸って、トマトの時もあるし、ハートの時もあるし、いずれにしてもプラレールと関係ないし。

 

自宅警備員ニャタ

  ニャタは生来、自宅警備員をしている。私が働いている間の留守を、バアバと守ってくれている。バアバは、最低限、歩けて話せるようになってから、保育園に入れたいと言う。でも、健常児だってその前から保育園に行く子は行くし、意味わからないと思っていた。バアバ曰く「他の子が歩いているのに、ニャタが床を這うなんて、踏まれたりした日には、かわいそうすぎる」。感傷的に過ぎる。

 

人間になったニャタ

  でも、人間として、一つの境目なのかもしれないと、最近は思う。歩けるようになって、ジェスチャーで時には意思疎通ができるようになって、ニャタは人間になった。元々人間だと思ってたけど、今思うとちょっと違ったな、みたいな。自分と同じ心のある人だって、想定するんじゃなくて、実感できるようになってきた。その境目が、二足歩行と言語にあるのではないか。もちろん、障害の種類などによって、そうではない人もいると思う。歩くこと、話すこと自体に価値があるわけじゃない。ただ、人間は、人間に育つのであって、生まれた時から完成しているわけではないんだなって。

 

自他未分化な前言語的世界の住人

  ニャタは舌を出し入れしながら「あべあべあべ」としゃべったりする。私も真似する。声を大きくしたり小さくしたり、早くしたり遅くしたり、最後は二人で爆笑したり。そのやりとりに、なにか言語以前のコミュニケーションを感じる。前言語的な、自他未分化な状態。

 この状態で、他人の集団でやっていかせるのは、少し不憫にも思ってしまう。まだ乳飲み子というか、乳はもう飲んでいないのだけど。

 もう少し、家族内の関係を築いてから、社会に出そうかな。バアバがそれを手伝ってくれるのだし。

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