僕がつくる世界 by twp

2015年10月生まれの47,XY,+21がやってきた。ニャタと呼んでいます。

クローン・ニャタ

 もし我が子のクローンが作れたら、どうする? もう一人ニャタがいてもいいなあ、なんてにやけてしまう。可愛い盛りの2歳半、ニャタなら何人でもウェルカムだよ、多い方が賑やかでいいね、なんて。しかも、ニャタがもっている障害が無いバージョンのニャタが作れるんだったら、どうしよう? それはもう、ニャタではない気がするけど…でも、ニャタ自身が症状や、必要な医療行為や、社会での立ち位置に苦労しているのだとしたら、もう一人のニャタからはそれを取り除けるのだとしたら。

 でも心配はいらない、一卵性双生児だってクローン人間のように同じ遺伝情報を持っているのだ。つまり、クローンっていったって、全然別人が出来上がるのだ。だからこれは、ただの思考実験。自分が子供のことをどのように考えているのか、どう考えていけばいいのか、改めて突きつけてくれる仮定なのだ。

 自分のクローンを作って記憶も移植して、未来永劫生きながらえたいみたいな富豪の気持ちは、私には全然わからない。ペットのクローンを作りたい人の気持ちも、犬猫レベルのペットを飼ったことがないせいか、よくわからない。そんな風に、自分と他人の違いに気づくのも、仮定による思考実験のメリットだ。

 どっちみち、今ここにいるニャタを大切にするしかないのだなあ。そう思って、オムツを替えようとしているのに逃げていくお尻を愛で、自分で食べると言ってきかずにまき散らしたおかずをそっと拭く。クローン・ニャタのことを考えなければ、嫌になりそうな瞬間もある現実。

 

要介護3くらいの新しい生き物

 我が家に生息するかわいい生き物が、進化を遂げた。2足歩行をするようになった。例えば、床に座って遊んでいて、私の髪の毛が抜けたりして、ゴミ箱に捨てたい時がある。でも、立ち上がって捨てに行くのは面倒だ。そんな時、彼に頼むと、得意顔のclumsy handで髪の毛を握りしめ、トタトタと、部屋の端にあるゴミ箱まで行ってきてくれる。

 結構便利だ。2歳にしてこんな便利な機能を搭載するようになるとは思わなかった。かわいいけど、ひたすら手がかかるだけの存在かと思っていた。お風呂場に移動する時なんかも、抱き上げなくても、手引き歩行をしてくれる。もっといっぱい抱っこできると思ってたのに、もう子離れ寂しい。

 話もだいたい通じる。返事こそ言葉ではないけど、創造的な身振り手振りと、笑っちゃうくらい豊かな表情で、かなり伝えてくる。言語を操るわけではない、でも会話が可能な、新しい生き物が登場している。彼からのメッセージはこんな感じだ。「プラレールが(電車が走るガタンゴトンという効果音を真似して『アッバアッバ』と唾を飛ばしながら見開いた目でこちらを見つめる)、脱線してひっくり返ったから(自分の腕を伸ばして手のひらを捻る)、元に戻してくれ(くるっと腕を戻して満面のにっこりをする)」。彼の不器用な手先では、プラレールの車体を戻そうとしても、さらに事態を悪い方向にしてしまうのだ。レールの接続も外れてしまったりとか。まあご不自由なご生活だとお察しするけど、でも彼が誰よりも輝いた毎日を幸せそうに過ごしているのもまた事実なんだ。

 ということで、この新しい生物に振り回されながら、いろいろ心配したり、でも楽しそうな彼と思ったよりもすごい機能に嬉しい気持ちを日々感じながら、昔話のように、いつまでも暮らしていきたいと思う。めでたしめでたし、になりますように。