どうでもいい、小さなくだらないことを、くよくよと気に病んでしまうことが、昔から、小さい頃からあった。例えば、小学生の頃に、プリントだったか何か先生が後で回収すると言っていたものが、机の中にいつまでもあって悩んだ。先生が回収し忘れたのだ。引っ込み思案だった私は、それを「先生、はい」と出すことができず、捨てることもできず、日にちが経つほどにますます出すことができなくなり、心の重荷になった。思い切って兄に相談したら、「そんなのは先生が忘れたんだから、妹ちゃんが気にすることないよ。もう捨てるといいよ」と言ってくれて、やっとその出来事から離れることができた。
それから、流行りの食べ物を食べたくなってしまうこととか、大して交流のない人からの評判が気になってしまうこととか、くだらなくて解放されたらずいぶん楽になるのにと自分で思うことから、なかなか自由になれなくて困った。他にも、病気のニュースを見るたびに健康の有り難さを痛感するのに、毎日感謝することができないことも、みんなそうなんだろうけど、何でだろうなあと思っていた。
そして出産して、子どもを持つことが答えであることに気づいた。赤ちゃんのお世話をしながら、くだらないどうでもいいことは、本当にくだらないどうでもいいことに、ようやく成り下がってくれた。健康を損なうことなく入院もせず自宅で過ごせることで、日々を幸せに暮らせるようになった。いま私は、自宅と職場の往復以外には、子どもの予防接種くらいでしか外出をしていない。買い物もアマゾンかネットスーパーで、外食も半年していない。食べものも着るものも限られているし、それら以外とは縁がないくらいの生活。満ち足りた生活。