ぺっちゃぶー

この世界を楽しく生きていくために。

ジイジ現る

 ジイジが初めてニャタに会いに来てくれたのが、いつだったのか覚えていない。退院してしばらくしてから家だった気がする。子育てにもあまり登場しなかった私の父だから、違和感はなかった。それよりも、早々に立派な出産祝いを送ってくれたので、その辺の差別はないんだなと好印象だった。

 昭和に生まれ、高度成長期に仕事人間で、いまだにそのまま走り続けているジイジ。定年後も地方で働き、今回も久しぶりの上京だった。バアバの入れ知恵とは言え、プラレールを持って現れたジイジに、ニャタは良い反応を示し、ジイジもご満悦の様子。ほっこりとした世間並みの祖父と孫のひと時みたいだなあ、と眺めながら、子供心に不器用な感じではあったけれども、私もたまに現れる父が好きだったなあと思い返した。

 福祉とか医療とか、人権の新しい考え方とか、病気とか障害とか、そういう分野にご縁のないジイジ。得意なのは、製造とか営業とか、古いタイプの根性論。障害児ニャタのことを、どう理解するのか想像もつかなくて、何も聞いてこない言ってこないから、害が無くて良かったとほっとしていた。

 今回も旋風のように去っていったジイジと二人で食事をしたバアバが、今夜ぽつりと、「そういえば『ニャタのことは私たちで育てて、あなたは一人でまた嫁に行けばいい』って言ってたわよ」と。いやいや色々ツッコミどころは多いんだけれども(「オムツの一枚も替えたこと無いって聞いてますけど、どうやってニャタをみるんですか」とか「そもそも私ニャタと離れる気ないし、離れられる訳がないじゃないですか」とか)、でも粗削りながら力強い何かを感じた。関心とか善意とかそういうもの。ニャタのこと、気にかけてくれてありがとう。私のこと、いつまでも心配かけてごめんなさい。

プラレール S-11 サウンドN700系新幹線