スペシャルニーズの日々

この世界を楽しく生きていくために。

能力が凸凹すぎる人間のスペック(幸せな子供)

 3歳になったニャタは、変わった生き物になっている。しゃべらないけど会話を理解して動くとかね、新しいペットのような。知能検査によると、得意なこと(会話の理解や社交性など)は2歳相当、苦手なこと(発語や運動機能など)は1歳前くらいだ。だから、単に遅れているだけでなく、人間として能力が凸凹なのだ。

 私は、中途半端な平等主義というか、省エネ目的の差別反対みないなのが嫌いだ。それぞれを見て、それぞれに合わせるのが、本当に個を大切にするということだと思う。

お腹が空くと機嫌が悪くなる。

新生児期のニャタは眠り続け、乳を求めて泣くこともなかった。母は昼夜通して3時間おきのタイマーを鳴らし続け、ニャタを必死で起こしては授乳した。それが、最近では食事前になると、ああだこうだといちゃもんをつけるようにして不機嫌になる。嬉しいよ母は。やっぱり生物として生き残るために、生理的欲求に従って行動できるようになることは大事だよね。まあ不機嫌な君の扱いには疲れさせられるんだけどね。

眠くなってめんどくさがる。

寝る時間が近づくとゴロンと横になったり、玩具をお母さんに渡してこれでああしろとか片づけてくれとか言って、自分で何もしなくなる。めんどくさいのね。お目目は閉じそうだし、気持ちよさげなあくびもでてるしね。

手をつないで歩く。

歩き始めは数か月前と遅かったけど、どんどん歩けるようになってきた。ガニ股も良くなってきたし、ふらつきも安定して、手をつないで歩くなんて憧れの親子像みたいなことも出来るようになった。我々の後姿を見てバアバが「感無量」と呟いていて、ニャタはまたバアバ孝行をしたね。

運動性失語のようだ。

発語はほぼ無し。一生懸命「赤」とか「青」とか言おうとするけど、「あーあー」「あーう」となって構音障害あり。復唱もできない。でも、聴理解は結構良い。ということで、ブローカ失語に似ている。

嬉しい時に「くー!」みたいな声を出す。わざとらしくもやる。

発語の代わりに、発声でかなりのことを表現する。嬉しい時の鳴き声は最高だ。親が喜ぶのを知って、それらしい話を振ると、わざとらしく「くー!」とやってみせたりもする。分かってるな、おまえさん。

恥ずかしいの?後ろを向く。

踊りを褒めてアンコールを要求すると、後ろを向いて踊りだす。私ことお母さんがニャタが喜ぶかなあと思ってオーバーアクションすると、そっぽを向かれたりする。どうも彼の中に、「恥ずかしい」という感情が育ってきているようだ。

平仮名を拾い読みする。

文字に興味を持ち始め、絵本や町中の看板で、覚えた字があると指さして発音する。ちなみに「あ」「お」「も」あたりが得意。なぜだろう。

離乳食あらため介護食を召し上がる。

もはや3年目に突入しているから、離乳じゃなく介護で良いでしょう。刻んでとろみをつける感じ。水溶き片栗粉ではなくて、オートミールとかイモ類なんかで自然に粘稠性がでればOK。少しずつ刻みは大きくなってきた。でもみじん切りから5mm角になったくらい。嚥下障害は強めだ。

けっこう正確に音楽に合わせて手を叩く。

「おもちゃのチャチャチャ」のチャチャチャが、たまに完璧な手拍子になる。だいたいは1回多く叩いちゃうんだけど。ボール遊びでもタイミングを計るのが上手になってきた。これはちょっと意外な能力を発見した感じ。全体的にのんびりな子だからね、ちゃきっとタイミング合わせてくると、俊敏に動けるんじゃん!って思う。

 

以上、3歳になったニャタのスペックでした。もし個性派で素敵なお子さんを育てていらっしゃる方がこのブログをお読みになったら、ぜひお宅はどんな感じか教えてください。

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