スペシャルニーズの日々

この世界を楽しく生きていくために。

ゆっくりお風呂に入りたい気持ち、わかるかな。

 一人で入浴するなんて、何年ぶりだろう。温泉旅行にでも来たような、特別なリラックス感が湧いてくる(もちろん、ここ何年も旅行する余裕なんてなし)。

 ニャタがお母さんとお風呂に入ることを拒否った。3歳児(知的障害あり)に今はやりの、「バアバとがいい!」っていう奴だ。バアバは、困ったような勝ち誇ったような顔をしていた。お母さんは、悲しそうに自分の育児を否定されたような顔を作りながら、ホクホクと浴室にやってきた。じゃあ今日は、ゆっくりと頭皮まで洗って、湯舟にのんびりつかって、ああでもあんまり時間かけないで出た方が良いかしら。

 早速シャワーで髪を濡らし始めると、「そっち行ったよ!」とバアバが叫び、ドアがドンドンと叩かれた。ニャタ登場。一瞬で戦闘モードに戻り、笑顔で浴室に抱き入れた。後はいつも通りの、自分のことは洗ったり洗わなかったりの力仕事。

 子父は毎日一人でお風呂に入ってるんだよな、と思う。もし、子育て体験でタイマーかけて世話しなくお風呂に入っても違う。不安定な場所に生卵を置いて絶えず割れないか気にしながら入浴するのも違う。子父だって子供とお風呂に入ったことはあるけど、私のサポートがあったからね。お風呂上がりの洋服一式出したことさえ無いし。単発じゃなくて毎日何年も続くのは、また一味違う経験だし。

 言ってもしょうがないことだと思う。実際やってみないと分からないし、やってみることなんて出来ないんだから。第一、お風呂に入れることが毎日の生活の中でそんなに負担になっているわけではない。もっと大変なこと、たくさんあるし、それらの積み重ねが効いてくるわけだし。

 人間は基本的に分かり合えないということを、ようやく理解した私。教育とか常識とかが、もっとそれを前提としていて欲しかったと思う。私が特別、脳内お花畑だったのかもしれないけど。でも、私が特別、人と分かり合えない人生に嵌ってしまったのだとは、もはや思えない。

 自分が分かっていないということを分かるというメタ認知が落とし穴で、私にも他人のことが分かっていないのが分からなかった。思えば、全然分からないし。

 こんな世界にようこそニャタ。それでもニャタのことが理屈抜きで大好きだよ。

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